大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和63年(ネ)557号 判決 1990年6月11日

控訴人 甲野一郎

控訴人 甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士 浅野公道

被控訴人 仙都タクシー株式会社

右代表者代表取締役 佐藤文雄

被控訴人 早坂耕造

右両名訴訟代理人弁護士 石田眞夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは各自、控訴人甲野一郎に対し金七八二万八八八七円、控訴人甲野花子に対し金六九五万八八八七円及び右各金員に対する平成元年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

三  この判決の一項1の金員支払命令部分は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らは各自、控訴人甲野一郎に対し金二〇〇〇万円、控訴人甲野花子に対し金一〇〇〇万円及び右各金員に対する平成元年三月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二当事者双方の主張

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏六行目の「入選」を「入賞」と改める。

二  同四枚目裏五行目から八行目までを次のとおり改める。

五 仮に本件事故と亡太郎の自殺との間に因果関係がないとしても、亡太郎は、本件事故により、自殺をする程の肉体的、精神的苦痛を受けた。

亡太郎の右傷害による慰謝料として金五〇〇万円が相当である。

六 よって、控訴人らは被控訴人らに対し、損害賠償請求権に基づき、各自、控訴人一郎につき前記損害金の内金二〇〇〇万円、控訴人花子につき前記損害金の内金一〇〇〇万円及び右各金員に対する弁済期の後である平成元年三月二五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  同五枚目表一行目の「同三の損害額は不知。」の次に「同四のうち、太郎が独身男性で、控訴人らは同人の父母であることは認める。同五は争う。」と付加する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  控訴人ら夫婦の長男甲野太郎(昭和三八年九月二一日生れ。)が、昭和五九年九月一八日午後零時三五分頃、仙台市宮城野区五輪一丁目四番地先路上において、乗客を降すため停車した被控訴人仙都タクシー株式会社(以下「被控訴人会社」という)保有、被控訴人早坂耕造(以下「被控訴人早坂」という)運転のタクシーの左側を自動二輪車を運転して通過しようとしたところ、突然タクシーの左側後部ドアが開いたため、そのドアに衝突して転倒した事故(以下「本件事故」という)が発生したこと、その結果、太郎は、右前腕、右膝挫傷兼挫創、右示指爪床下出血、右下腿右足関節部挫傷、頭部外傷の傷害を受け、直ちに同区小田原二丁目二番四〇号所在の安田病院で受診し、一〇日間の安静加療を要する旨診断されたこと、その後、太郎は右病院に通院治療していたところ、同年一〇月三日午後一時三〇分頃、同区苦竹一丁目七番二五号所在の一三階建マンションの屋上と一三階の間の階段の踊り場から飛降り自殺したこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

しかして、<証拠>によれば、本件事故は、被控訴人早坂が左後方の安全を確認しないまま、突然ドアを開いた同人の一方的過失によるものであることが認められる。

二  本件事故と太郎の自殺との間の因果関係について

1  前記争いのない事実と<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  太郎は、前記のとおり昭和三八年九月二一日生れで、築舘高校卒業後昭和五七年四月東北学院大学経済学部に入学し、本件事故当時、同学部三年在学中であり、宮城野区苦竹のアパートに一人で自炊していたが、近所に住む長姉乙川春子をよく訪ねていた。

太郎は、真面目で、やや小心(本件事故の大分前に、後記アルバイト先のトラックを破損させ、修理代を請求すると言われたところ、二、三日塞ぎ込んでしまったことがある。)温和な性格の持ち主であった。しかし、他面、明朗なスポーツマンでもあり、高校生当時は陸上競技部のキャプテンをつとめ、大学進学後も陸上競技部で円盤投げの選手として活躍し、国体予選大会で三位に入賞したことがあり、本件事故当時も、同年一〇月青森県で開催される予定の大会に出場することが決まっており、練習に励んでいたものである。

太郎は、本件事故の発生までは健康体であり、病気で入院したことがなく、精神障害で治療を受けたことはもとより、うつ病的状態になったこともなかった。

(二)  太郎は本件事故により前記の傷害を受けた際、救急車での搬送を断り、被控訴人会社の車で前記病院に行った。そして、同病院では、本件事故当日の昭和五九年九月一八日から自殺した同年一〇月三日までの間、実日数一一日間通院して治療を受けた。また、太郎は、右通院期間中も通学を続けたが、陸上競技の練習は当初三日間程休んだ。その後は、練習場に姿を見せたものの、頭痛等を理由に、通常の練習はしなかった。なお、太郎は、午後五時頃から九時頃まで仙台市内の果物店でアルバイトをしていた。同人は事故当時から九月二三日までと同月二七、二八日の計八日はアルバイトを休んだものの、その余の九月二四日から二六日までと同月二九日、三〇日及び一〇月一日、二日の計七日は働いた。

(三)  太郎は本件事故後、前記のように安田病院で受診したが、当初は、頭部を打ったことを医師に告げず、外科の専門医である千坂医師が主治医として診察を担当した。ところが、事故翌日の九月一九日から発熱と頭痛の症状がでたため、太郎は頭を冷やして就寝し、翌二〇日千坂医師に頭痛と不眠を訴えたので、同医師は、新たに頭部外傷の診断を加え、頭痛薬を三日分投与した。その後、頭部以外の傷害は順調に回復したため、同月二八日右の傷害は治ゆしたと診断された。しかし、頭部については、同月二二日頃やや症状が軽快したものの、はかばかしく回復せず、長姉や友人、アルバイト先の人達に、頭痛、不眠を訴えるとともに、不安感や焦燥感及び自分自身を痛めつけたい感じがするなどと苦悩、煩悶の様子を洩らしていた。また、自殺前日の一〇月二日夜、友人に対し、同日前記アルバイト先で客から領収書を書いてくれと頼まれたが、客の名を聞いても聞きとれず、三回程聞いたが、結局、客の名を書くことができなかったと挫折感や不安感を訴えた。

(四)  ところで、太郎は、自殺前日の一〇月二日千坂医師に頭重感を訴え、同医師からノブリウム(精神安定剤)、ビタメジン(神経の痛みを治める薬)、クリアミン(頭痛のとんぷく薬)の投与を受けた。同日、太郎は友人宅に泊るべく、精神安定剤を飲んで就寝したが、頭痛のため眠られず、友人の止めるのも聞かず、雨の中をバイクに乗って翌三日午前二時頃自宅のアパートに戻った。

同日太郎は千坂医師に頭重感、不眠、焦燥などを訴えたので、同医師は太郎を同病院の院長で精神科医の安田医師に診療して貰うこととした。

同医師は、約二〇分間太郎を問診し、不安、困惑、焦燥感とともに、思考が堂々めぐりして辛いという抑制を認め、心因性反応、軽い抑うつ状態と診断し、テトラミド(抗うつ剤)、ハルシオン(睡眠剤)を二日分投与した。更に、同医師は、できるだけ早い機会に同人の心身の状況を的確に把握するため、家族との面接、脳波検査の施行などが必要であると判断し、その旨を告げた。ところが、太郎は脳波検査をすると告げると急に態度がおどおどし、落着きがなく、動作が急変したので、同医師は静かに話をし、鎮静剤を注射して帰宅させた。

同日午後〇時三〇分頃太郎は一旦自宅のアパートに戻ったが、アパートの管理人に対し「怖かった、怖かった、」と口走っていた。

同日午後一時三〇分頃太郎は前記のように飛降り自殺をした。

2  右認定のように、太郎は本件事故に逢うまでは健康体であって精神的疾患に罹患したこともなかったこと、本件事故後右認定のような経過をたどって、一六日後に自殺していること及び<証拠>を総合すれば、太郎は本件事故により、心因性うつ病になり、頭痛、不眠などの後遺症を苦にして発作的に自殺したものと推認されるから、本件事故と自殺との間には因果関係があると解するのが相当である。したがって、被控訴人会社は自賠法三条により、被控訴人早坂は民法七〇九条により、本件事故について生じた後記損害を賠償する義務があるというべきである。

3  しかしながら、前記1の認定の事実及び<証拠>を総合すれば、太郎の自殺については、同人の脆弱な性格的側面が指摘できるほか、精神的疾患の診断治療が開始されようとする矢先の自殺であって、もし、太郎が継続して治療を受けていれば、病状は軽快する可能性があったことが窺われる。右のような事情と本件事故の態様、受傷の程度、事故後の経過等を参酌すると加害者側に同人の死亡について多大の責任を負わせるのは相当でないと考えられるのであって、本件事故が自殺に寄与した割合は二割をもって相当と認める。

三  損害について

1  太郎の損害

(一)  逸失利益

太郎は、前記のとおり昭和三八年九月二一日生れの健康な男子で、死亡当時大学三年に在学中であったから、大学卒業後六七才までの四六年間就労可能であったと推定され、昭和五九年賃金センサス新大卒の平均給与額を基準とし、生活費を五割として得べかりし利益を算出し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価を算定すると、次の算式により金五七五八万八八七五円となる。

(301,900円×12+1,271,300円)×(1-0.5)×23.534= 57,588,875円

(二)  慰謝料

太郎の年令、前記認定の本件事故及びその後の経過その他諸般の事情に照して、金八〇〇万円が相当である。

(三)  以上を合計すると、金六五五八万八八七五円となるところ、前記のように本件事故が太郎の自殺に寄与した割合は二割と認められるので、本件事故による太郎の損害は金一三一一万七七七五円と認められる。

2  控訴人一郎の損害

(一)  葬儀費

<証拠>によれば、控訴人一郎は肩書住所地で木材業を営み、太郎はその長男であることが認められるから、太郎の葬儀費用は金八〇万円を下らないと認めるのが相当である。

(二)  慰謝料

控訴人一郎は太郎の父であることろ、前記1(二)の事情に照すと、同控訴人の慰謝料として金二〇〇万円が相当である。

(三)  以上を合計すると、金二八〇万円となるところ、前記のように本件事故が太郎の自殺に寄与した割合は二割と認められるので、本件事故による損害は五六万円と認められる。

(四)  太郎は前記のとおり独身であって、控訴人らがその父母であることは当事者間に争いがないから、控訴人らは、前記太郎の損害賠償請求権の二分の一である金六五五万八八八七円をそれぞれ相続により取得したものというべきである。

そうすると、控訴人一郎の損害額は金七一一万八八八七円となる。

(五)  弁護士費用

控訴人一郎が本件に要した弁護士費用のうち、本件の事案からして、金七一万円が本件と相当因果関係のある損害と認められる。

3  控訴人花子の損害

(一)  慰謝料

控訴人花子は太郎の母であるところ、前記1(一)の事情に照すと、同控訴人の慰謝料として金二〇〇万円が相当である。

ところで、本件事故の寄与率は前記のとおり二割と認められるから、本件事故による同控訴人の損害額は金四〇万円と認められる。

(二)  控訴人花子は、前記2(四)のとおり、太郎の損害賠償請求権の二分の一である金六五五万八八八七円を相続により取得したものというべきである。

(三)  そうすると、控訴人花子の損害額は金六九五万八八八七円となる。

四  以上の次第で、控訴人らの本訴請求は、そのうち、被控訴人らに対し各自、控訴人一郎につき金七八二万八八八七円、控訴人花子につき金六九五万八八八七円及び右各金員に対する平成元年三月二五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、原判決を右の趣旨に従って変更することとし、民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 糟谷忠男 裁判官 後藤一男 裁判官 渡邊公雄は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 糟谷忠男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例